こんにちは、もーすけです。 本日は、大規模組織におけるアジャイル・DevOps変革のバイブルとも言える一冊、「変革の軌跡 ー世界で戦える会社に変わるアジャイル・DevOps導入の原則ー」を紹介します。
この本は、単なるキラキラしたアジャイルの導入事例集ではありません。数百・数千人のエンジニアを抱える「古くからある大企業」が、いかにしてスタートアップのような開発スピードと柔軟性を手に入れるか、その原則と実践が記された、極めて実践的で、そして少し痛みも伴うドキュメントです。
私自身、多くの企業のDevOps支援に関わる中で、「現場でアジャイルを始めたけれど、組織全体が変わらない」「PoC(概念実証)はうまくいったのに、全社展開で頓挫した」という声を嫌というほど聞いてきました。 そうした悩みを持つ方、特にエンタープライズ領域で戦っているリーダーにとって、本書は現状を打破する強力な武器になるはずです。
HPファームウェア部門の挑戦
本書のベースになっているのは、HP(ヒューレット・パッカード)のファームウェア部門の実話です。 当時の彼らは、ソフトウェアが密結合しており、開発、品質保証、デプロイに数千人が関わるという、典型的な「重厚長大」な開発現場でした。
- 手動の回帰テストに6週間かかる
- 開発予算の多くが計画策定やトラブル対応に消える
- イノベーション(新機能開発)に使える時間はわずか 5%
そこから3年後、彼らは開発コストを約半分に削減し、イノベーションのための稼働率を40%(8倍!)にまで引き上げることに成功します。まるでGoogleやAmazonのようなスピード感を手に入れたのです。 この劇的な変化の裏側にあったのは、魔法ではなく、徹底的な「分析」と「エンジニアリング」、そして「経営の覚悟」でした。
書籍から学ぶ、変革のための4つのポイント
私が本書を読み込んで、特に重要だと感じた、そして明日からの行動を変えるべきポイントを4つに整理しました。
1. 「アジャイルなパイロットチーム」のコピペは通用しない
多くの企業が最初に陥る罠がこれです。 経営層はまず、「スモールスタート」として少人数のパイロットチームを作り、そこでアジャイル開発を成功させようとします。優秀なメンバーを集めれば、これはたいていうまくいきます。 しかし、その成功事例を「よし、これを全社に展開(コピペ)しよう!」とした瞬間に破綻します。
なぜか? 大規模組織では、数十〜数百のチームが互いに依存しあっている(密結合コンポーネント)からです。 個別のチームがどれだけアジャイルになり、スクラムを回したとしても、全体統合のテストやデプロイのプロセスが変わらなければ、顧客への価値提供スピードは一切上がらないのです。 「局所最適」をいくら積み上げても「全体最適」にはならない。この事実に気づかずに、大量のアジャイルコーチを雇い入れて疲弊していく組織がいかに多いことか。
2. 「アジャイルになること」を目的にしない
「我が社もアジャイルになるぞ」という号令をよく聞きますが、本書ではこれを明確に否定しています。 手段が目的化してはいけません。彼らはビジネス目標を「イノベーションのためのキャパシティ(余力)を開放すること」と再定義しました。
彼らはまず、自分たちの開発プロセスのどこに「無駄(金と時間)」が消えているのかを徹底的に分析しました(2008年時点)。 その結果、驚くべき事実が判明します。
- 手動テスト
- 詳細すぎる計画作り
- コード統合のトラブル対応
- これら「非生産的な活動」に予算の95% が浪費されていたのです。
これでは新しいことに挑戦する余裕などあるはずがありません。彼らは最大のボトルネックである「ビルド・統合・テスト」の改善、つまり継続的インテグレーション(CI)の徹底こそが、イノベーションへの唯一の道だと定めたのです。
3. 究極の目標「常にクリーンなメインブランチ」
数百人が同時に開発していても、「メインブランチは常にリリース可能な状態(グリーン)」を保つ。 これを実現するために導入された手法は、今のDevOpsのスタンダードそのものですが、その徹底ぶりが凄まじいです。
- ゲート付きコミット(Gated Commit):
- 最強の門番です。開発者がコードをコミットしても、自動テストに合格しなければメインブランチへのマージは許されません。「汚染されたコード」を物理的に阻止するのです。
- 段階的パイプライン:
- すべてのテストを待っていたら日が暮れます。まずは数分の「ビルド受け入れテスト」で即座にフィードバックを返し、パスしたものだけが詳細な回帰テストへ進むアプローチをとりました。
- サービス仮想化:
- 他チームのシステムやハードウェアがないとテストできない?いいえ、依存先をシミュレート(仮想化)することで、自分たちのコンポーネントだけで高速にテストを回せるようにしました。
4. 経営幹部による「文化の変革」へのコミットメント
私が最も共感し、同時に難しさを感じたのがこの点です。 これらの変革は、現場のエンジニアの努力だけでは達成できませんでした。経営幹部が先頭に立ち、「文化のルール」を書き換えたのです。
- 「自分のコミットでテストが落ちたら、修正するまで席を離れてはいけない」
- 「品質(テスト自動化)は開発者の第一の責任である」
これらを単なるスローガンではなく、評価や業務の優先順位として組織全体で合意形成したこと。これこそが成功の隠れた鍵でした。
現実への落とし込み:我々はどう動くべきか
この本を読んで、改めて我々の日々の活動にどう活かしていけばいいのか、深く考えさせられました。
「スモールスタート」を再考する
私たちはよく「まずはスモールスタートで」と提案します。リスクを抑える意味でそれは正しい。 しかし、対象が基幹システムのような巨大で密結合なシステムの場合、小規模チームだけ改善してもビジネス上の成果(Time to Marketの短縮など)が出ない可能性があります。
「とりあえずパイロットチーム」と思考停止するのではなく、そのスモールスタートの目的が「キーマンの変革マインドセットの醸成」なのか、それとも「組織全体のアーキテクチャ変革の第一歩」なのか。 もし後者なら、時には「ビッグバン(大規模な一斉移行)」に近い覚悟や、トップダウンでのアーキテクチャ刷新が必要なフェーズがあることを認識すべきでしょう。
テスト自動化への投資は「聖域」ではない
「機能開発が忙しくてテストコードを書く時間がない」 現場で最もよく聞く言い訳であり、悲鳴です。しかし、HPの事例が示すように、テスト自動化なしに生産性の向上はありえません。 既存の大規模システムでテストコードが全くない状態(テスト容易性が低い状態)からどう始めるか? 本書に銀の弾丸は書かれていません。これは書籍に書かれている他内容ではないですが、 「変更頻度が高い箇所」「ビジネスクリティカルな箇所」 から戦略的にテストを整備していくとか、最低限のE2Eテストからはじめてセーフティネットをはるなど泥臭い作業は避けて通れません。 そして、そのための工数を確保することを、エンジニアリングマネージャーやテックリードが経営層と握れるか。そこが勝負の分かれ目です。
マネジメントは何をすべきか
現場のエンジニアだけでなく、マネジメント層こそ本書を読むべきです。 「アジャイルやっておいて」と丸投げするのではなく、「どのようなビジネス指標を改善したいのか」 を明確にし、そのために必要なリソース(特に自動化への投資)を承認する。 そして、変化に伴う現場の痛み(一時的な生産性の低下など)を受け入れ、チームを守る。 そうした「マネジメントのトランスフォーメーション」なしに、現場のトランスフォーメーションは完遂できないのだと痛感しました。
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さいごに
「変革の軌跡」は、読む人によって様々な受け取り方ができる深い本です。 アジャイルやDevOpsが、単なるツールの導入ではなく、「生き残りをかけた組織の体質改善」 であることを教えてくれます。
大規模組織のしがらみの中で、それでも変革を諦めたくないすべての人に、勇気と指針を与えてくれる一冊です。ぜひ手にとってみてください。 私も、自分の支援する現場で、この「覚悟」を持って変革に挑んでいきたいと思います。
